スーパー秋葉原

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セクハラ英語

意外なセクハラ英語にご注意。“You look hot=暑そうだね”と言ったつもりが…
財務省の福田前事務次官のセクハラ問題で、日本の男性にも「#MeToo」運動が少し身近になっただろう。この運動の震源地・ハリウッドのセクハラ問題で揺れる米国男性たちの悩みはより深刻だ。
アメリカ在住の筆者が勤めている企業でも、今年に入って動画とクイズからなる約1時間半に及ぶオンラインでのハラスメント講座受講を義務付けられたほど。最近では気軽に同僚とハグもできない環境になってきている。
「Beautiful」と見た目を褒めるのも要注意
そんな中、「何を言ってもセクハラになりそうだ」と女性社員との接触を最低限に抑えるアメリカ人男性も多いという話もある。
出張や旅行でアメリカに行った際、最低限心得ておきたい“不適切な英語”とはいったいどんなものがあるのだろう?
よくアメリカの男性は女性を褒めるのが上手いと言うのを聞くが、ビジネスの場でその「美点」はもはやあまり役に立たない。最近では、良かれと思って言った褒め言葉もセクハラと取られる危険性があるからだ。
容姿が「美しい」と褒める「Beautiful」や「Gorgeous」が煙たがられるのはもちろん、着ているものや体型に関するコメントも嫌われがち。
「You look great in that dress」(そのワンピース似合っているね)はその女性に気があると思われる可能性があるし、また、その日の装いを見て「Wow, look who has a date tonight!」(おぉ!今日はデートかな?)などと冷やかすのは論外。
ましてや「Did you gain weight?」(太った?)や「Did you lose weight」(やせた?)などの体型に関する発言は、欧米を中心に流行っているボディポジティブ(ありのままの体型に自信を持とうとするムーブメント)に反するものであり、眉をひそめる女性も少なくはないだろう。
また、「You should smile more」(もっと笑った方がいいよ)、「You should wear more makeup」(もう少し化粧したらどう?)といった余計なお世話発言も、性差別的と見なされるので注意したい。
女性に妊娠のことをたずねるのはタブー
妊娠初期の女性を見た目で判断するのは難しいが、アメリカには妊婦バッジのような便利な物はない。
だからと言って、「Are you pregnant?」(妊娠中?)や「When are you due?」(予定日はいつ?)と聞くのはアメリカではご法度。もし違ったらその女性を「太っている」と思ったのがバレることになり、セクハラ発言と見なされる可能性もある。
もしそれらしい女性がいたら、自分から聞くのは控えるのが得策。妊娠は嬉しいニュース。時期が来れば話してくれるはずだから。
もちろん、産休から帰ってきた女性に「When are you going to have some children? 」(もう一人子供を作るのかい?)や「Are you going to get pregnant again?」(次に妊娠する予定は?)などと聞くのもNGだ。
恋人にしか使ってはいけない呼び方
旅行先で仲良くなった女性バーテンダーに「You are really funny for a girl!」(君、女にしては面白いな)と言ったり、海外支社の同僚に「You handled that well for a woman.」(女にしてはよくやった)と言ったりして褒めた気になっている男性もいるかもしれないが、これは逆効果。知らないうちに怒りを買っていることも。
相手があなたの秘書や会議の記録係でもない限り、「Can you take notes?」(メモ取ってくれる?)や「Can you bring coffee?」(コーヒー入れてくれる?)とむやみに女性に頼むのも避けたいところ。気の強いアメリカ女性なら「自分でやってください」と言い返してくるかもしれない。
また、親しい感じを出そうと女性の同僚やウェイトレスを「Honey」や「Sweetie」といった愛称で呼ぶのもやめておこう。
女性同士がこうした愛称で呼び合うことは日常的だが、異性間だと話は違ってくる。「Honey」や「Sweetie」は “恋人”の呼び名、ペットネームとしても知られるため、「私を恋人扱いしてくる気持ち悪いオッサン」と思われる可能性もあるからだ。
2つの意味を持つ「Hot」「Wet」は慎重に
気をつけて使いたい単語として「Hot」と「Wet」がある。
勘の良い方ならおわかりだと思うが、「Hot」は「暑い・熱い」と「セクシー」の2つの意味があり(食べ物に使えば辛いという意味も)、「Wet」は日本語と同様に「水に濡れる」と「性的に濡れる」がある。この2つの単語を言うときは、前後の文脈が明らかでセクハラに取られない状況であることを確認してから使いたい。
例えば、「暑そうね」にも「セクシーだね」の意味にも取れる「You look hot」を使うときは「Do you want me to turn on the AC?」(冷房入れようか?)などと後に付けよう。
雨の日に女性に対して「I don’t want you to get wet」(濡れないよう気をつけて)と言うならば傘を差し出しながら。
さらに、近頃では「Hi Guys」(やぁ、みんな)という挨拶も「Guy」が「男性」を表す単語のため、「女性も含んだグループに使うのはけしからん」との意見もあるよう。「Businessman」を「Businessperson」に変えていこうという動きがあったのと同じ流れかもしれない。
最後に、性的なジョークや下ネタトークは、異性間ではアウトと肝に銘じよう。いくら酔った“無礼講”の席でも。



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日記

銀行の行く末


将来、銀行はなくなる? 針路の大転換を求められる銀行の行く末/LEADERS online

あのAmazonが、銀行の存在意義を問う!?

Amazonが2014年1月から法人の販売事業者向けの融資サービス「Amazonレンディング」を展開していることをご存じでしょうか? この新サービスは出店業者の商品販売動向や支払実績データを把握するAmazonが、以下概略で運転資金や資産運用を融資するというもの。

●目的:Amazon.co.jp内 Amazonマーケットプレイスでのビジネスの拡大、成長

●融資対象:Amazonマーケットプレイスでビジネス実績のある法人販売事業者

●融資額:10万円〜最大5000万円

●融資利率:8.9% 〜 13.9%(年率)

●返済の方式:元利均等返済方式

●返済期間及び返済回数:3ヵ月(3回)/6ヵ月(6回)

端的にいうと、オンライン上でのカンタン手続き、タイムリーな資金調達……といった点が特長ですが、このサービスは、業者側にしてみれば銀行からお金を借りていることとなんらかわりはありません。「あのAmazonが銀行みたいにお金を融資しているんだ」と驚かれた方も多いことでしょう。

銀行員の大失業時代がやってくる!?

遡ること1994年、Microsoftのビル・ゲイツが「銀行機能は必要だが、将来、銀行は必要なくなる」と発言し、金融・経済界から一笑に付されたという有名なエピソードがあります。そのコメントから約20年が経過した現在、「FinTech(フィンテック)」等のテクノロジーによって金融サービスや概念が大きく変化。私たちはわざわざ銀行に足を運ばずとも、日常生活を支障なく営めるようになっています。

加えて、銀行の主要領域にAmazonなどの大手異業種が参入する今日、1994年にビル・ゲイツが唱えた「将来、銀行は必要なくなる」の言葉が今後さらに真実味を帯びていくのか……。はたまた、書店に平積みされた著作物のタイトル「銀行員大失業時代」が現実のものとなるのか……。

懐疑的ながらもビル・ゲイツが唱えた「銀行機能は必要だが、将来、銀行は必要なくなる」のコメントは、いまや一笑に付されるレベルではなく、にわかに真実味を帯びてきたことは確かでしょう。

金融の概念を覆す「FinTech」「ブロックチェーン」

「FinTech」「ブロックチェーン」については、本コンテンツ「マネセツ」でも解説してきましたが、これは世界中の大手金融機関が注目する新たなテクノロジー。補足するとFinance(金融)とテクノロジー(Technology)の言葉をかけ合わせた造語「FinTech」の導入は、海外と比較して日本は立ち遅れているものの、「スマホなどのモバイル決済」「おサイフケータイ」「ネットバンキング」といえば、「自分も使っている!」という方も多いはず。私たちは知らず知らずのうちに「FinTech」の恩恵にあずかっているのです。

また、金融業界の最新トレンド「ブロックチェーン」は、仮想通貨「ビットコイン」の基幹技術として発明された概念。ただし「ブロックチェーン」はあくまで「分散台帳を実現する技術」であるため、あくまで「ブロックチェーン」のテクノロジーを仮想通貨が使用しているという関係性(「ブロックチェーン≠仮想通貨」)でしかありません。またここでいう「分散台帳」は、オープンなネットワーク上で高い信頼性が求められる金融取引や重要データのやりとりを可能にする「分散型台帳技術」のこと。つまり、その中心に位置するのが「ブロックチェーン」なのです。

銀行以外でもお金は借りられる……が一般的に

「FinTech」や「ブロックチェーン」を活用した金融システム、商品、アプリが私たちに身近なものとなったいま、例えば個人資産を有さない学生や主婦レベルにおいても、お小遣いや生活費をスマホ上で管理できるように。さらに、新規ビジネス立ち上げや設備導入を考えている事業主をはじめ、大規模プロジェクトを民間資本で立ち上げる際の資金調達においても、ネット上での資金調達チャネルが増えたことで、銀行に行って頭を下げてお金を借りずとも、別の方法で資金調達できる……という考え方が今日では一般的になりつつあります。

一方の銀行側は、テクノロジーの台頭や客側の意識変化に対して単に手をこまねいているわけでなく、あの手この手で針路転換を打ち出しています。事実、世界大手銀行では「ブロックチェーン」を用いた多様なソリューション・プロジェクトがスタートしており、業務効率の大号令の下、いち早く新技術を導入したシンガポールの大手銀行など、複数の銀行での先進的取り組みが話題を集めています。

米四大銀行CEO、「ビットコインは詐欺、崩壊」の発言撤回

振り返れば、ビットコインが世に登場したのは2009年1月。サトシ・ナカモトという日本名(?)の人物によって投稿された論文に基づいて運用がスタートし、紆余曲折を経て2013年11月にビットコインの時価総額は100億米ドルを超え(600%上昇)、一部の人から「2017年=仮想通貨元年」といわれるように。

その後もマネーロンダリング、急落、取引停止、資金洗浄といった動きに注目が集まる一方、デル(Dell Inc.)やオンライン旅行最大手エクスペディアが、その使用をスタート。日本でもDMM.com、ビックカメラ.com、メガネスーパーほか多くの小売業がビットコイン決済に対応し、昨末から年始にかけて「ビットコイン」の文字を見ない日がないほどの熱狂ぶりは、記憶に新しいところです。

こうした仮想通貨について、2017年9月に米四大銀行JPモルガン・チェースの会長兼最高経営責任者(CEO)ジェイミー・ダイモン氏は、「ビットコインは詐欺であり、崩壊する」とコメント。さらに、「JPモルガンのトレーダーが暗号通貨を取り引きしていたら即刻解雇する。その理由は二つで、第一に就業規則違反。第二に間抜けで、いずれも危険だからだ」とも追言。

しかしその後、ダイモン氏は同発言について「後悔している」と述べ、JPモルガンは仮想通貨についての姿勢を一変。同年12月にはシカゴの先物取引所にてビットコイン先物が上場し、翌年にはJPモルガンが仮想通貨の取引部門設置を発表。これに追随するように、他金融機関にも仮想通貨取引部門を設置する動きが加速していきます。

日本のメガバンクも独自のデジタルマネーを開発

日本国内でも、大手メガバンクが動いています。

昨今の仮想通貨の暴騰の流れに制限をかけようとする三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)では2018年度中の実現を目指した独自の仮想通貨「MUFGコイン」を開発中であると年初に発表。邦銀による仮想通貨の発行や取引所開設といった取り組みは本邦初ですが、残念ながら詳細はつまびらかにされていませんので、「MUFGコイン」に関する情報をネット上の収集したところ……、

●消費者がスマホに専用アプリをダウンロードする

●送金やショッピング代金の支払いにMUFGコインを使用できるようになる

●「暴騰の流れへの制限」等のリスク面においても、1コイン=約1円で安定させる

●利用者が安心してMUFGコインを使用できるようにする仕組み……といった概略(ウワサ?)が。

また2017年9月には、みずほフィナンシャルグループ傘下のみずほ銀行、ゆうちょ銀行、地銀連合が手を組んだ「Jコイン」についても、時を同じく紙面を飾ります。こちらも2018年中発行とされていますが、ともに利用者がスマホ専用アプリを通じて、自分の銀行口座の円を1円=1コインの固定レートでデジタルマネーに換え、そのデジタルマネーを店舗での支払いに使える仕組みとなっているようです。

これら「MUFGコイン」「Jコイン」が誕生した暁には、金融機関の経費削減に加えて小売り店、外食店でのデジタルマネー使用に基づく経済効果は約10兆円に達するという見通しも。世界から大きく立ち遅れていた「キャッシュレス化」の波が、ついに日本全土に上陸するかもしれません。

信用金庫、地方銀行競争が激烈を極める

先にご紹介した通り「MUFGコイン」「Jコイン」などの新機軸を打ち出し、変化に立ち遅れまいとするメガバンク。その一方で信用金庫や地方銀行では、技術革新のみならず金利低下、少子高齢化、人口流出、地域経済低迷といった他要因もあいまって、サバイバル競争が激烈を極めているようです。しかしながら「デジタル×金融」の針路変換時に、小回りのよさを長所ととらえて柔軟に対応しているところも出現しています。

実例として九州・福岡で展開する「ふくおかフィナンシャルグループ(FFG)」では、銀行自らがフィンテック企業をつくり、銀行が従来測定できなかった「預金の目的」など非金融領域を含めたユーザー情報を取得。マーケティング活用しながら、アカウント登録数が17万人超えの大ヒットを記録するといった驚きの実例も報告されています。

──「ビットコイン狂想曲」で幕開けした2018年。それ以外にも銀行を取り巻く環境には過去にない変化が押し寄せているようですが、将来的に銀行はなくならないにしても、銀行の行く末や今後の明暗は、ここ数年の動向によって少なからず見えてくるようにも感じます。同時に、銀行で融資を必要としない普通の人々のお金の使い方や概念が変容する中、非現金決済の比率が5割を超えている国や、現金を使わずに1カ月生活できてしまう北欧の国の決済事情が日本でも取りざたされることが多くなり、日本でも東京五輪開催時期に向けてキャッシュレス化が進むと言われています。そうした変化に銀行がどのように対応するのか……その点にも、ぜひ注目したいところですね。

≪記事作成ライター:岩城枝美≫ 

東京在住。大手情報サービス企業を退社後フリーランスに。二十年余にわたり、あらゆるジャンルの取材・執筆、ディレクションに携わる。




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日記

立ち上がれ、日本人


「日本人よ誇りを持て」 日本の高校生を泣かせた、92歳マハティール首相のスピーチ

92歳の首相就任

マハティール・モハマド氏がマレーシア首相に返り咲いたことを伝えるニュースでは、その92歳という年齢への驚きがメインに扱われていることが多い。

なにせ首相の年齢が高いことが問題視されていた日本ですら、首相就任の最高齢は77歳。マハティール首相と同じ年に生まれた有名人を並べてみれば、三島由紀夫、マルコムX、野中広務、橋田壽賀子……。いかに92歳で首相就任ということが異例であるかがよくわかる。

ただ、日本人がマハティール首相について知っておくべきポイントは、これ以外にもある。前回首相をつとめた際には「ルック・イースト(日本の経済成長を見習おう)政策」を掲げたほどの親日家であるマハティール首相は、自国民に日本の素晴らしさを伝えると同時に、日本人に対してもさまざまな形で熱いメッセージを送り続けてきた。

たとえば2002年11月には、マレーシアを訪れた東京都立国際高校の修学旅行生に向かって「あなたたちは日本人の勤勉な血が流れているのだから、誇りに思いなさい」と訴えている。

これを聞いた高校生たちは、「感動した。こんなことを言ってくれる日本人の政治家はいない」と感激し、涙を流していたという。少し前のスピーチなので、現状とは異なる部分もあるが、メッセージそのものは現在の私たちの胸にも響くところが多い。 

マハティール首相の著書『立ち上がれ、日本人』に収録されているそのスピーチを全文ご紹介しよう(同書の「序章 日本人よ誇りを持て」)。

日本に学んだこと

発展途上国であるマレーシアは、日本から多くのことを学びました。

首相に就任した1981年、私は「ルック・イースト政策(東方政策)」を国策として採用しました。これは第2次世界大戦で焼け野原となった日本が、たちまちのうちに復興する様から学ぼうとした政策です。

かつて読んだソニーの盛田昭夫元会長の本に描かれた、日本国民の強い愛国心と犠牲を払っても復興にかける献身的な姿は、私に深い感銘を与えました。労働者は支給される米と醤油だけで一生懸命働き、近代的な産業を育てるため寝る暇を惜しんで技術を磨いていったのです。

日本人の中でも私がとりわけ尊敬するのは、戦後の日本を築いた盛田昭夫氏と松下幸之助氏です。いずれも先見性を持ち、パイオニア精神と失敗を恐れずに挑むチャレンジ精神、そして独自の考えとやり方で技術革新を生みました。さらには日本の経済成長を助けるマネージメント能力を兼ね備えていたのが、彼らのすばらしいところです。

私が初めて日本を訪れたのは1961年、家族旅行でのことでした。当時の日本はまだ復興途上で、あちらこちらに爆弾による破壊の跡が残されていました。それでも、大阪では水田の真ん中に建つ松下の工場が私の度肝を抜き、オリンピックの準備中の東京では、日本橋の上に高速道路が建設されつつあるのを目にしました。

このとき、私は日本と日本人のダイナミズムを体感したのです。人々が国の再建と経済を発展させるために献身的に尽くす光景は、今もまぶたに焼きついています。その後も訪れるたびに発展していく日本の姿を見てきたからこそ、首相になったとき私は日本と日本の人々から学ぼうと思ったのです。

もっとも注目したのは、職業倫理観と職場での規律正しさによって、品質の高い製品をつくりあげるという姿勢でした。

戦前の日本製品は「安かろう悪かろう」の代名詞でした。しかし戦後は品質の高い製品を次々に生産し、日本は国際社会で大きく成功しました。労働者は職業倫理観が優れていて、管理能力も高い。多くの国民が戦争で命を落としましたが、残された者が立ち上がり、新しい産業を興し、日本はすばやく発展していきました。

電子産業の革命を起こしたソニーもその一社で、すばらしい技術でテープレコーダーを生み出しました。松下は戦後再建し、多くの大企業が次々と復活しました。米占領軍は財閥を解体したけれども、新しい形態の会社が次々と生まれていったのでした。

日本の大企業のシステムは、欧米の会社のシステムとはずいぶん違っていました。会社同士は競争しても、会社は社員の面倒を見る。終身雇用という形態は、西側諸国にはないものでした。社内で従業員による混乱は少なく、労働組合によるデモも就業時間外に行われたため、生産活動には支障を来さなかったのです。

多くの製品が生まれ、輸出され、外貨を稼ぎ、結果として日本は大きく発展しました。私たちが日本からコピーしたかったことは、日本型システムなのです。国を発展させるための政府と民間企業の緊密な関係を、私は「日本株式会社」と呼んでいます。私たちはこの日本から学ぶことで、他の発展途上国に比べて早く発展することができました。

東南アジアをはじめとしたアジアの近隣諸国もまた、日本とともに働き、日本の繁栄と技術から学びたいと思っているのです。日本の新しい技術を学ぶことによって、域内全体が繁栄することは間違いありません。

日本人よ自信を取り戻せ

マレーシアは、近隣諸国を豊かにすることが、自国にとっても大事なことであると確信しています。けっして、貧しい国を置いてきぼりにしてはなりません。

近隣諸国が貧しければ、多くの問題が自分の国にふりかかってきます。貧しい国から難民がどっと入ってくれば一大事ですが、近隣諸国が豊かになれば自国製品を輸出することもできる。だからマレーシアは、近隣諸国を富ます政策を積極的に取り入れているのです。

戦後、独立国として生まれ変わったマレーシアには、日本など海外から多くの投資がなされました。日本の企業が進出したおかげで多くの雇用が生まれ、失業率は著しく低下し、国民は完全雇用の状態となりました。このため、海外からの労働者を雇わなければならなくなったほどです。

マレーシアは日本にとっても、良い市場として生まれ変わりました。日本は投資したものを回収しただけでなく、豊かになったマレーシア人に製品を売ることもできる。2倍儲けることができたというわけです。

これが私たちの経験であり、多くの発展途上国でも同じことが起きてほしいと願っています。マレーシアは近隣の国々に手を差し伸べ、投資し、職業訓練のために彼らを招いています。その国の発展のために、公共事業にも協力しているのです。

最も大事なことは、国が域内はもとより世界の平和のために努力するということ。けっしてひとりよがりにならず、他の諸国が発展するお手伝いをするということです。他国が豊かになれば自国も豊かになり、よりよい世界を築くことができる。そうすれば戦争は起こらず、テロ行為の恐怖におののくこともありません。

いま私は、自分の国に自信をもっています。

その一方で、米国型の極端な経済改革を行なおうとしている今の日本では、失業率も高く、国民が自信を失っているようです。最近の日本の若者は、もはやかつての日本人のように献身的ではなくなったと私は聞かされました。確かに、貧しい人はそこから抜け出そうと必死に働きますが、ひとたび豊かになると人生はたやすいと思ってしまう。そして努力することを忘れてしまうのです。

しかし日本を再びいい国にするために、ぜひ頑張っていただきたい。皆さんには勤勉であるという日本人の素質が根づいているのだから、他国の言いなりになるのではなく、自分の考えで行動してほしい。そして自信を取り戻し、日本人であることに誇りを持ってもらいたいと思うのです。

辞任にあたって伝えたいこと

マレーシアは「ビジョン2020」として、2020年に先進国入りする目標を掲げています。私は22年の首相在任期間を通じて、そのレールを敷く努力をしてきました。

1997年に始まったアジア通貨・金融危機では、これまで私たちが汗水たらして築き上げてきた国の富を瞬く間に失ってしまいました。しかし欧米型の処方箋を用いず、独自の資本規制などを実施することで、ようやく乗り越えることができました。

私は辞任の潮時をいつも考えてきましたが、国内経済がやっと落ち着いてきた2002年、私が総裁を務める最大与党・統一マレー国民組織(UMNO)の党大会で辞任を発表しました。誰にも相談しませんでしたから、周囲にとっては青天の霹靂(へきれき)だったことでしょう。本当はすぐ引退したかったのですが、まわりからもう1年だけ頑張ってほしいと嘆願されました。2003年10月のイスラム諸国会議機構(OIC)首脳会議を終えてから引退するようにと――。

足るを知る。私が幼いころ、母はそう諭しました。お腹いっぱいになる前に食べるのをやめなさい、というのが母の口癖だったのです。

この22年間で、マレーシアの1人当たり国内総生産(GDP)は2倍以上に増えました。日本を目標にした「ルック・イースト政策」が功を奏したことは間違いありません。完全ではありませんが、私たちは日本から多くを吸収することができました。社会のシステムや職業倫理、技術――、そして何より文化に学びました。首相を退任したいまも、私は日本の支援に心から感謝しています。

経済危機の最中にも本当に大きな力になってくれた日本は、私たちにとっての真の友人です。数十億ドルの支援や、マレーシア政府発行の国債に対して保証を打ち出してくれたことでどれだけ助けられたことでしょう。固定相場制を導入できたのも、日本がバックにいるという安心感があったからなのです。ちっぽけな東南アジアの一国の民として、私は日本にいつまでも熱いまなざしを注ぎ続けることでしょう。

どうかいつまでもアジアの力となり、手を差し伸べてほしい。今こそ日本に、リーダーシップを発揮してほしいのです。

愛国主義の大切さ

なお、こうしたメッセージに対してはとかく「愛国心を不要にかきたててはいけない」と説く人も登場しがちなので、そういう方に向けてのマハティール首相の言葉もご紹介しておこう。

「軍国主義はよくないことだが、愛国主義的であることは悪いことではない。愛国主義は国が困難を乗り越える上で助けになる。

祖国を守ることと攻撃的な軍国主義は同義語ではない」

「はっきり申し上げれば、いまの日本人に欠けているのは自信と愛国心です。日本が『愛国心』という言葉に過激になる理由は、私にもわかります。

確かに、過去に犯した多くの過ちを認める用意と意思は持たなければならない。しかし半世紀以上も前の行動に縛られ、恒常的に罪の意識を感じる必要があるのでしょうか」

デイリー新潮編集部

2018年5月14日 掲載




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日記

ウラジオストック


町でいちばん高い場所にある鷲の巣展望台。美しい港やしまなみを眺望できる

いま注目を集める「日本にいちばん近いヨーロッパ」ウラジオストク

日本人の旅行者数が国内、海外ともに過去最大だったという今年のゴールデンウィーク。では、この夏以降の海外旅行トレンドを先取りする有力候補は何処かご存知だろうか。それは、「日本にいちばん近いヨーロッパ」といわれる極東ロシアの港町、ウラジオストクだ。

その名は聞いたことはあっても、場所は何処と思われる方も多いかもしれない。日本海を挟んで日本列島の対岸に位置し、札幌と同じ緯度、新潟からは約800km、成田からのフライト時間はわずか2時間半だ。日本と欧州を陸路でつなぐシベリア横断鉄道の始発駅がある。

いまなぜ、このウラジオストクが注目されているのか? 昨年8月から、空路と海路での電子簡易ビザの発給が始まったからだ。以前のように、ロシア大使館でビザの発給手続きをする必要がなくなり、ネット申請をすませれば、あとは自分で航空券やホテルを予約するだけでだいじょうぶ。これまで年間数千人程度だった日本人渡航者数が、昨年の3倍の1万8000人超に増えた。

日本より時差は1時間早い

では、ウラジオストクはどんなところなのか? 以下、この町の次の6つの特徴について簡単に解説しよう。

1. 日本海に面した港町

ウラジオストクは日本海の北側にあり、文字どおり「日本海に面した港町」だ。旧ソ連のフルシチョフ首相の時代、「ロシアのサンフランシスコ」を目指してケーブルカーを建設したが、むしろ日本の函館や長崎に似た坂道の多い町だ。日本からの定期フェリーが鳥取県境港から出航しており、最近では日本発のクルーズ客船も多く寄航している。

2. ヨーロッパの街並み

北東アジアに位置し、日本より西に位置するというのに、時差は1時間早い。そして、そこには確かにヨーロッパの街並みがある。それもソビエト時代の社会主義建築ではなく、基層となっているのは帝政ロシア時代に造られたものだ。アジアの主要都市でよく見かける高層建築がほぼないため、昔ながらのヨーロッパの趣が残っている。

町でいちばん高い場所にある鷲の巣展望台。美しい港やしまなみを眺望できる

3. 多民族とミックスカルチャーの町

そこに暮らすのはロシア人に加え、旧ソ連時代に労働者として送り込まれた中央アジアの人たちやツングース系の先住民族たち、そして近隣アジアの人たちだ。まさに多民族とミックスカルチャーの町なのである。

4. グルメとアートの町

港町のせいでもあるが、質の高いレストランが多いのにも驚かされる。ロシア料理だけでなく、日本海の海鮮を素材としたシーフード料理店、そして中央アジア料理店がそこかしこにある。なかでも珍しいのはジョージア(旧グルジア)料理だろうか。日本ではほとんど味わうことのできないスパイシーな味覚は、世界最古とされるジョージアワインとともにこの町の人たちに愛されている。

ウラジオストクにはロシアバレエの殿堂、サンクトペテルブルクにあるマリインスキー劇場の沿海地方ステージがある。そこには日本人バレリーナが数名所属し、1年を通じてさまざまな公演が行われている。

とくにクリスマスシーズンに繰り広げられるチャイコフスキーの「くるみ割り人形」の公演は、サンクトペテルブルクとは異なるオリジナルバージョンだ。市内には多くの劇場や人形劇場、サーカスもある。また近々エルミタージュ美術館の別館もオープンする予定。「グルメとアートの町」と呼ばれるゆえんである。

5. 1年を通してイベントが豊富

ウラジオストクで体験できるのは、お堅い芸術だけではない。夏はロシアのロック界を代表する地元出身バンド「ムーミー・トローリ」のリーダーであるイリヤ・ラフテンコ氏らが立ち上げたミュージックフェス「V-ROX」や、4月末に開かれたばかりのコスプレイベント「Animate It!」、2012年のAPEC開催時に造られた金角湾大橋の上を走るウラジオストク国際マラソン大会などがある。

冬は国内外のアーティストを呼んで行われるJAZZフェスティバルや12月中旬ごろから年明けまで続くクリスマスウィーク(ロシア正教ではクリスマスは1月7日のため)、そして今年2月は約30名の日本人も参加した氷雪で覆われた海上を走るアイスラン大会など、1年を通して豊富なイベントが繰り広げられている。 

6. 郊外に広がる大自然

ウラジオストクの北方にはタイガ(針葉樹林)が広がり、野生のトラやヒョウ、トナカイなどの生息する世界遺産のシホテアリニ山脈がある。1975年に公開された黒澤明監督の「デルス・ウザーラ」の舞台といえば、想像がつくだろうか。郊外に広がる大自然はヨーロッパやモスクワから来た旅行者たちにとっても、エコツアーを楽しむ格好の場所になっている。

この街の3つのキーワード

つまり、これらの特徴を要約すると、ウラジオストクは大きくふたつの魅力があるともいえる。ひとつは、ヨーロッパの都市文化を満喫できること。もちろん、本場に比べれば見劣りするのは当然かもしれないが(なにしろ、モスクワから9300kmも離れている!)、この町の成り立ちが19世紀後半の帝政ロシア時代にあることから、ロシアの一地方都市にすぎないのに、劇場や博物館などの近代的な都市施設が驚くほど整っているのだ。

もうひとつは、スローライフを満喫できることだろう。周囲に自然があふれ、夏は郊外で家庭菜園を行う「ダーチャ」の習慣もそうだが、基本的にロシアの人たちはわれわれアジア人に比べると、のんびり屋である。

カード決済は普及しているので、買い物には困らないが、中国のフィンテックが進む方向とはまるで真逆で、バスに乗るのも小銭を用意しなければならないし、レストランで注文してから食事が出るのが遅いのはご愛嬌だ(ウラジオストクのレストランのメニューには、料金だけでなく、調理時間が書かれているほど)。この町にいると、カフェでお茶をしたり、市場を散策していても、あらゆる場面で”ゆるさ”があり、それが好ましく感じられるのだ。

さらに、この町の3つのキーワードを挙げるとしたら「フォトジェニック」「ミックスカルチャー」「スローライフ」だろうか。街中どこでも絵になるし、これほど多彩な食文化が楽しめる町も少ないだろう。

そして、ウラジオストクには日本とのゆかりの場所がたくさんある。なぜこんなに近くにヨーロッパの町が……? その謎解きが、ウラジオストク旅行の本当のテーマといえるかもしれない。次回、詳しくレポートしたい。




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廃村が観光地に



廃村になったことで、かえって人が集まったという皮肉

緑に覆われた建物が並ぶ、山中の景色。

ここは中国は浙江省、舟山群島にある、後頭湾(ホウトウワン)村。


廃村になったゴーストタウンの漁村

小さな漁村でしたが、上海で大型漁船による漁業が盛んになったことにより漁獲量が低下。

90年代に廃村を余儀なくされました。


現在は住む人のいないゴーストタウンと化しています。

住む人がいないまま建物だけが放置された結果、街は緑の海。

壁にはびっしりと蔦が這っています。


しかし、その光景を一目見てみたいと徐々に話題に。

廃村になったことによって、かえって人が訪れるようになったそう。




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