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102才にてご臨終


液晶開発の草分け 元シャープ副社長の佐々木正さん死去

日本の液晶開発の草分け的存在で、元シャープ副社長の佐々木正(ささき・ただし)さんが1月31日、肺炎のため死去した。

102歳だった。葬儀は親族のみで行う。理事長を務めたNPO法人新共創産業技術支援機構が後日、お別れの会を開く。喪主は妻浄子(じょうこ)さん。

1938年、京都帝国大(現京大)工学部を卒業後、川西機械製作所(現デンソーテン)に入社。64年、早川電機工業(現シャープ)の専務だった佐伯旭氏に口説かれて同社に移った。

電卓にLSI(大規模集積回路)を導入し、当時は重さ25キロもあった電卓を小型、軽量化するのに成功した。専務時代には電卓用の液晶開発を主導し、シャープが世界有数の液晶メーカーに成長する基盤を築いた。

佐々木さんは、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が起業するとき、銀行に話をつなぐなど、資金調達を助けた。恩人として、一時はソフトバンクの相談役も務めていた。

孫氏は、「創業前の佐々木先生との出会いが無ければ、今の私とソフトバンクはありません。私と弊社だけの恩人ではなく、日本の先端電子技術の礎を築かれた偉大な方であり、日本にとっての大恩人です」とコメントを出した。

出身地の島根県の溝口善兵衛知事は2日、「県内企業の技術革新や販路開拓にも多大なご支援、ご指導をいただきました。改めましてご冥福をお祈り申し上げます」などとのコメントを出した。





過去記事

20代の孫正義氏のアイデアに1億円…シャープ元副社長の先見の明

22日放送の「ウソかホントかわからない やりすぎ都市伝説スペシャル 2017」(テレビ東京系)で、オリエンタルラジオの中田敦彦が、シャープ元副社長・佐々木正氏の先見性について語った。

番組では、出演者が身近なことから、世界でうわさされている陰謀までさまざまな都市伝説を披露した。その中で、中田は佐々木氏のエピソードを持ち出した。

中田によると、佐々木氏は「世界で初めて電卓を作った人」だというのだ。昭和初期の計算機は巨大なものしかなく、佐々木氏は社内で「ホラ吹き佐々木」などと呼ばれる中、コンパクトな電卓を完成させる。

さらに中田は、佐々木氏が副社長だった当時のエピソードとして、20代前半の若者が佐々木氏を頼ってきた話を披露した。

その若者は、他社では斬新すぎると門前払いが続いたポータブル型電子翻訳機のアイデアを持ってきたそう。

これに佐々木氏は「この若者、見所あるぞ」「これ面白い話じゃないか!」と、当時の金額で1億円を出し、シャープで商品化したというのだ。

そして、その若者がソフトバンクの創業者である孫正義氏で、1億円を元手に会社を立ち上げたということだった。

なお佐々木氏は、100歳を過ぎた今も健在だという。インタビューで佐々木氏は「私の夢は120歳まで生きることです」と明かし、「方法と理論、もう僕の頭の中にあるんです」と答えたそうだ。




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