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史上最大の環境破壊男


史上最も環境破壊した男、トマス・ミジリーの罪深き生涯 ― 自らの発明による壮絶死は“大自然の報復”か!?

世界的に苛烈な猛暑だった今年の夏だが、一説では今後はもはやスーパー猛暑は避けられないとも言われている。その原因は、やはり地球温暖化にあるのだろう。そこで、地球の気象が変動するほど環境を破壊した“真犯人”が槍玉に挙げられている。史上最も地球を汚し、環境を破壊した男とは――。

地球を最も汚染した男とは?

今年の世界的な酷暑を経験していれば、環境破壊はもはや取り返しのつかないところまで来てしまったと考えても無理はないだろう。いったい何がここまで地球を汚し、環境を破壊したのか? そう考えると、ある一人の男に行き着く。その“真犯人”と目されている人物がアメリカのエンジニアで発明家であるトマス・ミジリー(1889〜1944年)だ。ミジリーが発明した有鉛ガソリンとフロンガスが致命的なまでに地球を汚染し、環境を破壊したといわれているのだ。

鉛は古来から人類の社会で活用されてきたが、どうやら人体に有害であるらしいと気づいたのはBC100年ごろの古代ローマであったといわれている。鉛の摂取が原因で精神状態か悪化したり、死に至るケースもあることが徐々にわかってきたのだ。

これまでにも鉛の成分を含む多くの製品が禁止されているが、1920年代はそれでも鉛の危険性への認識が低かった。そして当時の自動車エンジンはまだまだ非力だったのだが、米・ゼネラルモーターズ傘下の企業で研究開発の職に就いていたミジリーは、ガソリンにテトラエチル鉛を添加することで、ガソリンエンジンのパワーが増すことを発見したのである。

自動車で坂道を登る際のパワーダウンで生じるノッキングが、このテトラエチル鉛が混入された有鉛ガソリンで大幅に減るのである。

初期の乗用車はエタノールを燃料にするものが多かったのだが、このミジリーの発見で燃料の主役は一気にこの有鉛ガソリンへとシフトすることになった。その背後には自動車会社が石油会社と手を組んでガソリンの消費を押し上げる狙いもあったといわれている。その結果、この時期から“石油王”ロックフェラー族の支配力がますます強大なものにもなった。

地球を有毒な鉛で汚染

それでも一部の世論の目は厳しかった。「エチルガソリン(Ethyl Gasoline)」と名づけられたこの有鉛ガソリンが量産体制に入ると、生産工場の従業員の間で幻覚を見る者や精神が錯乱する者が出始めて、ついには死亡に至る者まで現れたのだ。

この騒ぎを受けて会社は記者会見を余儀なくされ、ミジリーはその場でテトラエチル鉛ガスを記者たちの前で自ら60秒間吸い込み、有鉛ガソリンの安全性を証明してみせた。その場ではミジリーの身体に異変は見受けられなかったが、この時に確実にダメージを受けて体調を崩したといわれている。

死者を出したニュージャージー州の工場は閉鎖されたが、時代は第二次世界大戦へと向かう途上にあり、ガソリンエンジンをパワーアップする有鉛ガソリンの需要は軍関係をはじめそれなりにあったということになるだろう。反対の声も多かったものの、大気中に有害な鉛を大量に放出する有鉛ガソリンはその後も幅広く使われることになる。

日本では1986年に早々と有鉛ガソリンの使用が禁止されたが“本家”アメリカで有鉛ガソリンが全面禁止されたのは1995年になってからのことである。その間、世界中で鉛を含んだ排気ガスが地球を汚染し続けてきたのだ。

フロンガスがオゾン層を破壊

ミジリーの発明は有鉛ガソリンだけではない。日本では“フロンガス”と呼ばれるクロロフルオロカーボン(chlorofluorocarbon、CFC)を発見し、冷蔵庫の冷媒や各種のスプレーなど、幅広い製品に適用できるように開発体制を整えた。

今日ではフロンガスが地上から20〜30km上空のオゾン層を破壊することがわかっているが、当時はその危険性までは把握されていなかった。有鉛ガソリンの時と同じく、ミジリーは記者会見でフロンガスを吸い込んでその安全性をアピールしている。

フロンガスを使った製品は、その利便性からその後世界各地で大量に生産され、大気中に放出され、我々が気づかないうちにオゾン層を破壊してきた。1980年代後半から90年代にかけて、ほとんどの国でフロンガスの生産と使用は禁止されたが、一部ではまだ使用している国があるという。

フランスの国際ラジオ放送局「RFI」が今年7月、中国の一部の工場で現在もフロンガスが使用されていることを報じている。そもそもミジリーがフロンガスを発見して活用しなければ、こんなことにはならなかったのだろう。そして、破壊されたオゾン層が回復するにはまだまだ長い時間を要するとされている。

こうした“罪”を重ねた因果なのか、ミジリーの晩年は惨めなものになった。1940年、51歳の時にミジリーはポリオを発症し、鉛中毒も相まってこの後、病気がちの生活を送るようになった。そして、彼の最後の“発明”は、自宅で人の助けを借りることなく寝起きするためのクレーン状の仕掛けであった。だが皮肉なことに55歳の時、この仕掛けのロープが首に絡まったミジリーが窒息死した状態で発見されることになったのだ。ミジリーの病と死は、彼によって破壊された大自然の“報復”なのだともいわれているようだ。ミジリーが発明した有鉛ガソリンとフロンガスで汚された地球環境の一刻も早い回復を祈るばかりである。




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